2007/07/20//Fri.
東洋のマゾ
「わたし、Mなんだよねー」
「おれ、ドSだから」

なんて性癖を堂々と言える世の中になってしまった。
冷静に考えるとものすごい猥談なような気がするが、それは置いておこう。

僕は自分自身、SとかMとか感じたことはなかった。しいていうならばN。
マゾヒストでもサディストでもなく、ナチュラリストなのだ。

しかしそれは勝手な思い上がりにしかすぎなかった――

僕は先月の初頭から禁煙中である。今でこそ落ち着いてきたが、最初の一週間・二週間は幻覚を見てしまいそうになったり、無意識にタバコを求めて夜道を徘徊しそうになったりと、本当に大変だった。苦しかった。本当に苦しかった。言っておくが薬物は使用していない。

だが僕の心には、もうひとつの感情が生まれていた。





「ああ、苦しい(*´∇`*)」





なんか、気持ちよかったのだ。



ニコチンが切れて苦しんでいる自分に酔っていたのか、それとも頭がおかしくなっていたのかはわからない。確かに僕は苦しんでいて、部屋中をのた打ち回っていた。一日中タバコのことを考え、誘惑が目の前をちらちらと通り過ぎていた。苦しかった、本当に苦しかった。




でも、なんか気持ちよかったのだ。





話は変わるが、先日、親知らずを抜いた。インターネットで検索してみると、どうやら抜くと地獄の痛みを伴うらしい。僕は心底震え上がった。

しかし抜かなければ、それはそれでズキズキと痛む。言っておくがこの痛みは、ぜんぜん気持ちの良くないタイプの痛みだ。こんな痛みはもうごめんだ。

そして僕は、歯医者へ向かった。

久しぶりに来た歯科医院の印象は、子供の頃に感じたものとそれほど変わりなかった。響き渡る金属音、独特のにおい、院内に流れるリラクゼーションミュージック。そのすべてが混ざり合い、恐怖へと変わった。僕はここへ来たことを後悔していた。

そして手術が始まった。

歯医者「じゃあ抜きますよー」
ぼく 「あ、ハイ……」



(ゴリゴリっ ゴキっ)







「ああ、痛い(*´∇`*)」






なんか、気持ちよかったのだ。




麻酔は十分に効いていた。しかし鈍い痛みは若干感じた。それは一瞬の出来事であったが、ゴリゴリと、何か大切なものを抜き取られてしまったように思えた。考えてみれば、この親知らずは高校生の頃から生えていたものだ。付き合いが長いぶん、悲しみもひとしおだ。




でも、なんか気持ちよかったのだ。





そんな愉悦の感情を持った自分をどう表せばよいのだろうか。
僕は知っている。それこそがM、マゾヒストということなのだと――




そう、僕は東洋のマゾなのだ。






 



オリエンタル・マゾでも可。
2007/05/26//Sat.
いぢわる外国人
日本人は腰が低いと思う。

例えば外国――特に英語圏――から日本に来られた方は、自国の言葉で堂々と話している(ような気がする)のに対して、日本人は、役に立つかもわからないポケット辞典を片手に、あらかじめ用意されていた定型文を一生懸命読んでいる(ような気がする)のだ。

これらは日本語と英語の普及度の違い、及び全くの偏見であるかもしれないが、上記のことを象徴する出来事に、私は出くわしたのだった。それも、もの凄いベタなシチュエーションで。

私が路上の喫煙所で一服している時だった。

先に一服していたのは、中年のサラリーマン。国籍はジャパン。わかりやすいように田中さん(仮)としておこう。営業の合間の一服であろうか、雨に濡れてすだれている薄毛が、言いようのない哀愁を漂わせていた。
そこへやってきた国籍不明のオールドガイ。初老と思われるが、無造作に伸びた金髪を後ろで束ねている様は、さながら、[欧米版・マイク真木]と言ったところだった。ということで彼をマイク(仮)としておく。

銀座の中心で迷子になったマイクは、私のような若造には目もくれず、田中さんに「すいません」と話をかけた。「オオ、オッケエ」と狼狽する田中さん。

(日本語で訊かれたんだから、日本語で返せばいいだろ、田中さん)

マイクは地図を片手に目的地を訪ねていた。田中さんはどうやらその場所がわかるらしく、ボディ・ランゲージを駆使しながら一生懸命伝えようとしていた。

「オオ、そこをライトに曲がって……」



(テレビでよく見る、慌てたオッサンと同じ行動だ――



もはや、日本語すらまともに喋れない田中さんは、こう続けた。



「そして、そこをストライクに進めばオッケイ」



×ストライク
◎ストレート



まあ、田中さんの熱意はマイクに伝わったようだった。大きく頷いて「センキュー!」と言った。そしてその後に、まさかの発言をした。



「いやあ、親切にどうもありがとうございます。助かりました」




とても流暢。



マイクはリーサルウエポンとして流暢な日本語を隠し持っていたのだ。それまであまり言葉を発しなかったのは、いったい何だったのだろう。彼は満面の笑みで、目的地へ向かった。

そしてマイクが去った後、その場に残ったのは、気まずそうにたたずむ田中さんの背中と、ちょっと意地悪なマイクが吸っていたタバコの吸殻だった。


 


2007/03/26//Mon.
男のビデオ
説明不足の言葉というものは、なぜか心に引っかかるものである。人は足りない物を自分なりに考え、妄想を膨らませることが出来る。そういう点を考慮すると、説明不足の看板は、時に絶大な広告効果を生む可能性がある。


「男のビデオ、高価買取中」


これは僕が就職活動中、とある駅付近で見かけた一言であった。果たして、これは何を意味するのであろうか。最も妥当なのは、「男のためのアダルトビデオ」といったところであろう。恐らく、これを見た人のほとんどが、そう考えるのではないか。

しかし、この言葉足らずの看板に、人を惹きつけて止まないパワーを感じるのは僕だけであろうか。


「男のビデオ、高価買取中」


確実に説明不足なのである。しかし気になる。そのままの言葉を受け止めると、「男たちがわんさかと出演しているビデオ」を「高価買取中」しているかもしれないのだ。いや、普通に考えるとそういうことになる。


僕の目の前に、ある光景が広がった――


筋骨隆々とした男子が浜辺を走り回っている。
画面に向かって水をかける彼を見ると、何だか一緒に水遊びをしているよう。
真夏の日差しを受けている彼は、照れくさそうに視線を送ってくる。
水浴びで濡れた髪の毛の先には、真珠のような水滴。
満面の笑みで飲むトロピカルジュースは、まるで初恋の味。

海辺で遊んだあとは、魅惑のシャワータイム。
顔に似合わない体つきが、見るものを釘付けにする。
でも、水を弾くその素肌は、まだまだ子供のようで。
大人の階段を上っていても、君はまだピーターパン。

夜の彼は、昼間とは別の顔を見せた。
眠たいのか、それとも酔っているのか。
艶やかなその瞳、視線が心をくすぐる。
シーツがはだけて、露呈された脚。
僕は目のやり場に困ってしまう。
困った僕を見て、少しはにかむ彼。

その笑顔は、天使のようで、堕天使のようで。

さっきまで見ていた彼はもういない。
そう、ひと夏の恋が、夜が、彼を大人に変えたから――



もしかしたら、こんなビデオがあるかもしれない。店内に入ってみれば、その答えは簡単に見つかる。そう、その一歩が道となり、答えを示すのだ。しかし、僕はそれを拒否した。


そう、人生とはミステリアスであるからこそ面白いのだから。


 


面接の前に見るもんじゃないしね。
2007/03/09//Fri.
鼻毛の話
社会生活を営む上でどうしても「言いづらいこと」というものはある。
例えば可愛いアノ娘の前歯に青ノリが付着していたとしよう。とても指摘しづらい。しかしそれ以上に指摘しづらいものがある。それが――鼻毛の脱線事故だ。

僕が二人の女性と話しこんでいた時の話。

その二人の女性は世間一般でいう「可愛らしい」「オシャレな」女の子で、僕はそんな友人たちと、和やかにお喋りをしていた。お互い大学三年生ということもあり、会話の内容は就活や将来のことなど、わりと真面目な話が多かった。各々、最近は就活に勤しんでいるので、互いの苦労話や情報交換で盛り上がっていたのだが、僕には一つ、気がかりなことがあった。


美香ちゃん(仮)の鼻毛が飛び出てたのだ。


美香ちゃんは、いうなればPINKYに出ていてもおかしくない、とても綺麗な女性だ。服装にも気を使っているらしく、アルバイト代はほとんどオシャレのために消えていっているという。性格もおしとやかで、彼女へ求愛する男性は少なくない。


しかし、鼻毛は飛び出ているのだ。


その飛び出した鼻毛は、体全体の割合からすると、わずかに0.01%程度であろう。だが、その存在感は凄まじく、僕の全神経を惹きつけるには十分であった。そのうち、見ている僕が恥ずかしくなってしまい、もう一人の女性である、千春ちゃん(仮)へ話を振った。しかし僕はすぐに、その行為を後悔した。そう、それは悲しみのデフレ・スパイラル。なぜなら――


千春ちゃん(仮)も鼻毛が飛び出ていたからだ。


彼女は将来、化粧品会社へ勤めたいという話をしていた。それもそのはず、千春ちゃんの美容に対する造詣は深く、友人たちにも一目置かれている存在である。男の僕から見ても、素晴らしい知識と技量を持っている。


しかし、鼻毛は飛び出ているのだ。


ばっちりと決まっているメイク。それでいて自然体に見えるのは、千春ちゃんだからこそ成せる業であろう。しかし、一本の毛が、全てを台無しにしているのだ。彼女にはぜひ原点に戻ってもらい、スキンケアの前に、鼻毛のケアをしてほしいものである。


二人の美女、いや、鼻毛に囲まれた僕は、ただただ狼狽していた。このようなことがあってよいのだろうか。いや、決してよいはずはない。麗らかな年頃の女性が、鼻毛など飛び出してはいけないのだ。どう考えても、お互いに気付いているはずであった。飛び出し方が尋常ではない。


お互い、「うわあ、この子、鼻毛がチラリしてるわ」なんて思っているのであろう。
自分もポロリしているのに。


そのうち僕は尿意に襲われ、お手洗いへと足を運んだ。せっせと用事を済ませ、手を洗う。そして目の前にある鏡に目をやった。しかし僕は、目の前に映る自分の顔を見て驚愕した。


僕の鼻毛もロケットダイブしていたのだ。


とても恥ずかしい気持ちになった。結局、全員飛び出していたのだ、鼻毛は。僕はあわてて引っこ抜き、そしてなぜか不思議な気持ちになった。



さっきの会話中、みんな鼻毛のことを考えていたのかなあ、と。



真面目な話の最中も、結局、鼻毛なのだ。
各々の進路よりも、相手の鼻毛が気になっているのだ。

僕が会社に落とされた話をした時、彼女たちは「残念だね」と慰めてくれた。
本当は、僕の鼻毛が「残念だね」だったのではないか。


鼻毛のせいで、僕は人間不信になった。


そう考えると、1.5センチの鼻毛は偉大である。





結論。





鼻毛、かっこ悪い。






 



途中から話が変わったけど、まあいいや。
2006/12/17//Sun.
言葉の不思議
世の中には数多くの単語が存在している。その数は僕のようなハナ垂れ小僧には知る由もないほど莫大なものだ。

この「言葉」たちは、それぞれ思うことあって命名されたのであろうが、今現在、普通に使われている言葉は大抵、大昔に定められたものである。僕たちはそれを当たり前のように受け入れ、また、何の疑問も持たずに使うのである。

たとえば、「愛」という言葉がある。

この「愛」、とても素晴しい言葉だと僕は思う。何より響きが良い。「あい」である。聞いているだけで体の芯が溶けてしまいそうな、何とも面映い響きがそこにはある。いつの時代、どこの誰が作った言葉かは知らないが、僕たちは「愛」という言葉を定めた人に感謝すべきである。

皆にも少し考えて欲しい。
もし「あい」という言葉が「まい」だったらどうであろう。

ここで誤解して欲しくないのは、「まい」という言葉も素晴しいものだと僕は思っている。女の子の名前としての「まい」は可愛らしく、「舞い」という字を当てても風情があってなかなかよろしい。

だが、僕は重ねて言うが、「あい」は「まい」じゃなくてよかったと思う。

例えば僕が結婚を考えている彼女とデートをしたとする――
洒落たイタリアンレストランだ。店内からはライトアップされた街並みと海が一望できる。テーブルマナーのテの字も心得ていない僕は、馴れない手つきで料理を口にする。普段のデートといえば牛丼屋なのに、突然このような店に連れ出した僕に対し、彼女は戸惑いを隠せない表情をしている。

そう、僕は今日プロポーズをするのだ。

食事を終えたところで、ワインに口をつける彼女。僕はそれどころではない。なにせ、一世一代の大仕事が控えているのだ。緊張を吹き飛ばすようにワイングラスを一気に空にする僕。そんな僕の様子を見て、さすがに彼女も感づいてくる。もしかして、もしかするの――

僕は意を決した。

「なあ、花子(仮名)」
「なあに、キムラさん」
「あの、その……」
「……」


「まいしてる。結婚してくれ」


これだとなんだか、しまりがないような気がするのは僕だけであろうか。僕には相手方の女性がワインを鼻から噴き出すところまで想像できた。もちろん、結婚の話は破談だ。

とても長い前フリになってしまったが、言葉というのはちょっと変えるだけで、やけに奇妙なものになってしまうのだ。

それはもちろん、僕らには「愛」という既存概念があるからそうであって、最初から「あい」が「まい」であったら、それほど違和感はないのかもしれない。それでも僕は、もうひとつ考えてみたのである。

「番長」という言葉がある。

僕が番長と聞いて思い出すのは「球界の番長」こと清原和博である。

ご存知、彼は日本プロ野球界で番長と呼ばれている人だ。生き様、存在感、威圧感、どれをとっても「番長」と呼ばれるにふさわしい人間だ。

だが「ばんちょう」という言葉を少しだけ変えてみるとどうだろう。








「球界のパンチョ」








威厳とか、いろいろなくなった。








濁点が半濁点になって、寸詰まりになるだけでこれだけ違うのだ。というようにくだらない事を考えていたわけだが、なんだかとても自分が馬鹿なように思えてきた。夜中の3時である。さっさと寝ろという話だ。

ここで人は僕のことを「ばか野郎」と罵るはずなのだが、これも濁点を半濁点にして寸詰まりにしてみよう。





「ぱかやろ」





これだったら、なんだか自分がお茶目な人間に思えるのだった。





 



結局何が言いたかったのかというと、特に言いたいことなどはないのだ。
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