--/--/--//--.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008/09/16//Tue.
ぴちぴちについての考察
「ぴちぴち」という副詞がある。
大辞泉によると、以下の意味を表すそうだ。

1 魚などが、勢いよくはねるさま。また、いかにも生きのよいさま。
 「とりたての―(と)した魚」

2 若々しく元気いっぱいなさま。躍動感があふれているさま。
 「―(と)した娘」

ここで紹介せずとも、誰しもが使用する表現であり、かつ、状態を端的に表している言葉である。「ぴちぴち」という言葉からは躍動感が溢れ出ていて、イメージとしてはプラスの印象を受ける。

しかし、この言葉が成り立つ過程を考えるてみると、おかしな気持ちになってしまう。


ぴちぴち


響きがなんだか間抜けなのである。


誰が最初に言ったかは知らないが、魚が勢いよくはねたところで「ぴちぴち」と音が聞こえるわけはないし、若々しく元気な女性を見たところで、「ああ、あの娘はぴちぴちしてるねえ」なんて言葉は絶対に思いつくはずがない。そもそも「ぴちぴち」って何だ。

かの有名な、ぴち山ぴち三郎氏は
「おぬし、ぴちぴちじゃけえのう」
と言い残し腹上死したとされるが、
それについて詳しいことは明らかになっていない。

何はともあれ、先入観なしで「ぴちぴち」という言葉を作った人間は偉大である。おそらく、魚に対して使われたのが最初なのだろうが、それを「若々しく元気いっぱいなさま」に応用した人はさらに偉大である。



ぴちぴちとした、若い娘



この表現は何ともなまめかしく、そして限りなく卑猥だ。

何をもって「ぴちぴち」という言葉を当てたのだろうか。しかも、
 若々しく元気いっぱいなさま。躍動感があふれているさま。
というわりには、女性に限定されて使用される点もなんだかえろい。

この点を踏まえると、どこかのえろ代官様が言葉を当てたというのは想像に難くない。そうなると、今度はどのような状況下でぴちぴちが正式に制定されたかが問題となってくる。





第一回 ぴちぴち懇話会



「皆の者、忙しいなか集まっていただき、まことに感謝するぞよ」

「おいおい、一体なんだってえんだい長老さんよう」

「まあまあ落ち着きなされ。突然じゃが、おぬしらにききたいことがある」

「ききたいこと? おう、なんでもきいてくれ!」

「……ぴちぴちときいて何を思い出す?」

「そりゃあ……」

あたりがガヤガヤし始める。ひとりの男が大声で答えた。

「ぴちぴちといったら、魚に決まってんだろうよ!」

「ほう、わしもそう思っていた時代があった」

「思っていた? なんで過去形なんでい!」

罵声にも似た怒号が飛び交うなか、長老は頬を赤らめて、恥ずかしそうに答えた。

「……わ、若いおなごがよう、ぴ、ぴちぴちしとるんじゃ」

群衆は静まり返り、そして疑問の顔が並んだ。

「長老さんよう、一体なに言い始めるんでい!」

「そうだそうだ! 歳をくいすぎて、とうとう気がふれちまったかい!」

場は一気に野次でいっぱいになり、ある者は罵り、あるいは非難の声を上げ、長老の言葉に耳を傾けようとさえしなかった。いよいよ収集がつかない事態になってきたと思われたその瞬間、ひとりの男の声が高らかに響いた。

「ちょっとまてい!」

ざわざわと空気が揺れる。男は続けた。

「実はおれもよう、15になる自分の娘を見て『ぴちぴちじゃあ……』と思ったことがあるんだ」

静けさは続いていた。皆一様にお互いの顔を見比べる。そして続く声。

「おれもだ!」

「ああ、わしも昔から思うとった。誰にも言えなかったがのう。ふぉふぉふぉ」

長老の言葉にひとり、ふたりと納得する者が出てきた。

そして始まる、ぴちぴちコール。

「ぴーちぴちッ! ぴーちぴちッ! おいらのあの娘はぴーちぴちッ!」

もはや、ぴちぴちを否定する者はいなかった。






よくわからないけど、多分こんな感じだったんだと思う。





   ∩ _ _   ≡=-
   ミ(゚∀゚ ) ≡=-ぴーちぴちッ! ぴーちぴちッ!
    ミ⊃ ⊃    ≡=-
     (⌒ __)っ   ≡=-
     し'´≡=-

  -=≡    _ _ ∩
 -=≡   ( ゚∀゚)彡  ぴーちぴちッ! ぴーちぴちッ!
-=≡   ⊂  ⊂彡
 -=≡   ( ⌒)
  -=≡  c し'







私はぴちぴちした娘が、大好きだ。
スポンサーサイト
2006/12/17//Sun.
言葉の不思議
世の中には数多くの単語が存在している。その数は僕のようなハナ垂れ小僧には知る由もないほど莫大なものだ。

この「言葉」たちは、それぞれ思うことあって命名されたのであろうが、今現在、普通に使われている言葉は大抵、大昔に定められたものである。僕たちはそれを当たり前のように受け入れ、また、何の疑問も持たずに使うのである。

たとえば、「愛」という言葉がある。

この「愛」、とても素晴しい言葉だと僕は思う。何より響きが良い。「あい」である。聞いているだけで体の芯が溶けてしまいそうな、何とも面映い響きがそこにはある。いつの時代、どこの誰が作った言葉かは知らないが、僕たちは「愛」という言葉を定めた人に感謝すべきである。

皆にも少し考えて欲しい。
もし「あい」という言葉が「まい」だったらどうであろう。

ここで誤解して欲しくないのは、「まい」という言葉も素晴しいものだと僕は思っている。女の子の名前としての「まい」は可愛らしく、「舞い」という字を当てても風情があってなかなかよろしい。

だが、僕は重ねて言うが、「あい」は「まい」じゃなくてよかったと思う。

例えば僕が結婚を考えている彼女とデートをしたとする――
洒落たイタリアンレストランだ。店内からはライトアップされた街並みと海が一望できる。テーブルマナーのテの字も心得ていない僕は、馴れない手つきで料理を口にする。普段のデートといえば牛丼屋なのに、突然このような店に連れ出した僕に対し、彼女は戸惑いを隠せない表情をしている。

そう、僕は今日プロポーズをするのだ。

食事を終えたところで、ワインに口をつける彼女。僕はそれどころではない。なにせ、一世一代の大仕事が控えているのだ。緊張を吹き飛ばすようにワイングラスを一気に空にする僕。そんな僕の様子を見て、さすがに彼女も感づいてくる。もしかして、もしかするの――

僕は意を決した。

「なあ、花子(仮名)」
「なあに、キムラさん」
「あの、その……」
「……」


「まいしてる。結婚してくれ」


これだとなんだか、しまりがないような気がするのは僕だけであろうか。僕には相手方の女性がワインを鼻から噴き出すところまで想像できた。もちろん、結婚の話は破談だ。

とても長い前フリになってしまったが、言葉というのはちょっと変えるだけで、やけに奇妙なものになってしまうのだ。

それはもちろん、僕らには「愛」という既存概念があるからそうであって、最初から「あい」が「まい」であったら、それほど違和感はないのかもしれない。それでも僕は、もうひとつ考えてみたのである。

「番長」という言葉がある。

僕が番長と聞いて思い出すのは「球界の番長」こと清原和博である。

ご存知、彼は日本プロ野球界で番長と呼ばれている人だ。生き様、存在感、威圧感、どれをとっても「番長」と呼ばれるにふさわしい人間だ。

だが「ばんちょう」という言葉を少しだけ変えてみるとどうだろう。








「球界のパンチョ」








威厳とか、いろいろなくなった。








濁点が半濁点になって、寸詰まりになるだけでこれだけ違うのだ。というようにくだらない事を考えていたわけだが、なんだかとても自分が馬鹿なように思えてきた。夜中の3時である。さっさと寝ろという話だ。

ここで人は僕のことを「ばか野郎」と罵るはずなのだが、これも濁点を半濁点にして寸詰まりにしてみよう。





「ぱかやろ」





これだったら、なんだか自分がお茶目な人間に思えるのだった。





 



結局何が言いたかったのかというと、特に言いたいことなどはないのだ。
2006/11/05//Sun.
○○の秋
夏の暑さもどこへやら、季節はすっかり秋である。いや、もうむしろ冬なのであろうか。とりあえず夜風の冷たさが哀愁を漂わせている今日この頃、皆様はどのようにお過ごしだろうか。

秋といえば、○○の秋、という言葉が使われる。食欲の秋、読書の秋、運動の秋、などなど。要するに、何をするにしても秋という季節は最適なんだよ、ということである。僕も秋という季節は好きなため(自分の誕生日もあるし)、そらへんに異存はない。

だがしかし、だ。

実際には、一般的にいわれているよりも数多くの「○○の秋」が存在するのではないか――? 本当は闇に埋もれている言葉があるのではないのか――? 


そこで僕は、少しだけ秋について少し考えてみることにした。
よろしければ、皆様にも一緒に考えてもらいたい。







性欲の秋(Autumn of sexual desire)







この性欲については、僕たち人間という生き物は年中夢求で営業中なので、一概にそうとは言い切れないのだが、厚生省の統計上、興味深い結果が出ている。


(中略)月別にみると、出生月による差はほとんどないものの、7~9月に高く3月が低い傾向がみられた。こちらが元サイト

子供が産まれるは受精から十月十日(とつきとおか)と言われている。およそ十ヶ月、母の胎内で成長するのだ。

ようするに夏時期に出生率が高いということは、だ。
逆算してみるとどうなるのか、ということはだ。






仕込みは秋(making of child is autumn)





ということになる。



学校や職場で言いふらしてください。





「馬鹿」って言われるから。









 




2006/10/14//Sat.
おならとぼく
最近、どうにもこうにもお腹――もとい、腸内環境――の調子が良好だ。いや、最近、というのは語弊がある。ずっと、ずっと昔からそうだった。小さな頃から、他人よりもプリプリしていたのだ。

___________________

思い起こすこと14年前――僕がピカピカツルツルの7歳児だった頃の話だ。小学校低学年といえば「おなら・う○ち」が絶対的にタブーな世界である。大便の個室に入り込んだところを見られようものなら、次の休み時間には「う○こ大使」というあだ名が付けられることは必至だ。

そんなご時勢に、僕は、教室内に響き渡るほどのアヴァンギャルドな放屁をしてしまった。もちろん顔から火が出るほど、いや、むしろ、顔から屁が出るほど恥ずかしかったことは言うまでもない。僕はクラス替えをするまで「おなら大使」の冠を得るという、末代まで伝えられるであろう生き恥を経験した。

しかし、そんなおなら大使にも転機が訪れた。中学生の頃だ。

僕は両親の仕事の関係で、転校を繰り返す少年だった。転校というものは、何度経験しても慣れないものだ。特に、初対面では稀代のシャイボーイになってしまう僕の場合は殊更だ。案の定、中学生という多感な時期に転校してきた僕は、既に所々に形成しつつあるグループの輪に入り込めずにいた。

そんな僕を救ってくれたのが――おならだった。

英語の時間だった。突然教師に指された僕は、授業を上の空で聞いたこともあり、全く答えることが出来なかった。素直に「わかりません」と言ってしまえば良いものの、ただ呆然と立ち尽くしていた。必至に思考を巡らした結果、僕の出した答えは――




教室内に響きわたる放屁だった。




もちろん顔から火が出るほど、いや、むしろ、顔から屁が出るほど恥ずかしかったことは言うまでもない。いいさ、何とでも言うがよい。おなら大使、再び降臨だ。

だが、僕を待っていたものは、罵声でも気まずい雰囲気でもなく――
教室内に響き渡る、割れんばかりの爆笑だった。

その放屁により話題が出来た僕は、着々と友人が出来ていった。そして、事あるごとに授業中に放屁しては、クラスメイトから笑いを頂戴していた。

僕のおならは、立派な武器になった。

___________________


このように、僕には涙なしでは語れないおならヒストリーがあるのだが、

僕はこの出来事を、






人生を変えた一発






として、後世まで伝えようと思っている。



あなたにもありますか? 人生を変えた一発が。



 

久しぶりの更新が、何だか臭いそうな更新だ。
2006/07/22//Sat.
晴れ男、雨女。
「おれ、晴れ男なんだよねー」
「わたし、雨女なんだよねー」
そんな言葉を耳にすることがある。

例えば何処かへ出かけるときや、屋外で企画を開いた時など、彼(彼女)らは、俄然、自己主張が強くなる。まあ、僕のまわりにも『晴れ男』や『雨女』がいるわけで、事前にその日の天候を話し合う時には、必ず口を挟んでくる。


――おれ、晴れ男だから大丈夫だよ」


一体彼は、何を根拠にそんなことを言えるのだろうか。自分で自分のことを『晴れ男』だと思い込むのは一向に構わない。だがそんな不確かなことを、僕にわざわざ伝えないで欲しい。

僕が言いたいのは、「君は天候に影響を及ぼせるほど、大それた人間じゃないよ」ということだ。そりゃそうだ。人間が自然を操作することなんて出来るはずがない。


雨女さんも、また然りである。


「わたし、雨女だから、きっと晴れないよ……」


こういうことは余所でやっていただきたい。いきなりネガティブになられても困る。彼女がそう発言することで、皆の志気が下がることは必至だ。


とまあ、僕のまわりにはこのような晴れ男くんと雨女さんがそれぞれいて、根拠のないポジティブさと、根拠のないネガティブさがひしめきあっているのだ。


そんな晴れ男くんと雨女さんなのだが――




この度、めでたく交際を始めたらしい。
(見てないだろうが、おめでとう)



しかし。
まことに残念であるが、いうなれば彼らは水と油。決して交わることのない、禁断の恋愛なのだ。だってそうだろ、彼らの会話は目に見えているではないか。


「じゃあ、ディズニー行くのは来週でいいか?」
「うん、あ、でも……」
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
「なんだよ、言えよ。何か用事でもあるのか?」
「違うの、そうじゃなくて――
「じゃあ何だっていうんだよ!」
――わたし、雨女だから」
「……ばかやろう。大丈夫だって」
「あなたは何もわかってない!」
「大丈夫だって」
「だって、わたし、生粋の雨女なんだよ!」
――おれ、晴れ男だから大丈夫だよ」

(抱き合う二人)


なんだか書いているうちに、二人はとてもお似合いのような気もしてきた。何はともあれ、彼らに多くの幸が訪れることを切に願う。

くれぐれも、先の見えない天候のことで喧嘩をすることのないように。




 

↑今日は久しぶりに晴れそうだからクリックしてほしい。
(緑の方、カテゴリ変えてみました)
template by 白黒素材

//
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
a>